変わりたいのに変われない
最近、相談者の方と面談をしていて感じることのひとつに、変わりたいのに変われない方が多い、ということがあります。
たとえば、眠れないつらさを抱えていても、病院へ行くこともしないし、生活習慣を変えてみようとしない。心の悩みを抱え、何とかしたい気持ちはあるものの、実際にどうすればいいのか分からない。何をしたいのか、どうなりたいのか自分でも分からない。だから、今を変えられない。進むべき方向を見極め、一歩踏み出す力が失われているため、そんな堂々巡りに陥ってしまっているようです。
でも、自暴自棄になっているのかと思えばそんなことはなく、何かのきっかけで悩みが解消すると、本当に嬉しそうな顔をするのです。
根底にあるのは否定される恐怖
このように、自分がどうしたら良いのか分からなくなってしまった人たちは、実は何も考えていないのではなく、人一倍不安感が強い人たちであると考えられます。すなわち、些細なことが強い不安へとつながり、そのことがストレスになるあまり、何もできなくなったり社会的な交流を回避してしまったりする傾向があるように思えるのです。
そうすると、何かやらなければならないことが起こっても、あれこれとエクスキューズして、なかなか取り組もうとしません。なぜなら、何か行動を起こしたら、否定的に評価されたり、嫌われたり排除されたりするに違いない、という思いに捕らわれてしまっているからです。そして、そんな状況に陥らないよう、少しでも難しいと感じたことは、やる前からあきらめてしまうのです。
そんなことをしているうちに、いつしか孤独の中に埋没していくケースも見られます。
「見極める力」と「人間らしさ」
人に嫌われたり、恥ずかしい思いをしたくないという気持ちは、人々が普通に持っているものです。しかし、その思いが強くなりすぎると、だんだんと社会や人間同士の溝を深めていってしまいます。
たとえば、ニートや引きこもりと呼ばれる人たちの中には、こうした人たちが少なからずいるでしょう。それどころか、世間一般の間でも、自分を守るために積極的に他人と関わらないということが、当たり前のようになってきています。
たとえば、電車の中でケンカが起きても誰も仲裁に入らなかったり、アパートで隣人が亡くなっているのに何日も気づかなかったりといったことは、もはや珍しくありません。
このように、自分自身や周囲の状況を見極める力が失われていくとき、社会的動物である人間の「人間らしさ」も失われていくのでしょうか。人間であるために、私たちは、「見極める力」を失わないようにしなければならないと思えます。
1992年、カウンセリングルームを開設し、個人での業務を開始。2005年、業務拡張に合わせて法人化。代表に就任。さまざまな人や企業との出会いにより日々成長し続け、現在に至る。